シンリンサンポ:絵画コラボ

ozzy&mithubo シンリンサンポ since1999

この文章は1999年の原宿ギャラリーでのコラボ展のために書いたコンセプト文章に手を加えたものです。あまりにも若くて言い切りの強い文章に冷や汗がでたので、ちょっと言い回しを変えてみました。

シンリンサンポ コンセプト
このコラボレーション展は2人の製作の根源・コンセプトとなる場所「森林や山」を繋げ一つの世界にすることです。
■三星玲子(ミツボ)の視点>北欧から■
三星はスウェーデン、北欧を旅した際にその針葉樹の煙るような暗い森の中を一人散歩をしました。その深い森の中で迷い、引き込まれて行きそうな恐怖を感じながら、その恐怖を楽しんでいる自分を発見しました。
針葉樹は高く聳え立つけれど、枯れ枝が下の方へ垂れ下がりその木々の下は暗い闇だ。mitubo-hala1.jpg 三星はその森の暗闇の中に何かうごめくものを感じてしまったのです。
「それらは自分の幻覚か幻聴のようなモノかも知れないが、確かに感じた。それを私は絵描きとして表現することしかできない」
三星の見たモノは北欧のトロル(日本でいう妖怪)かも知れないし、そうではないかも知れない。その存在を通して、森や植物、森の中の生き物についての畏敬や恐怖をフィジカルに体験したのかもしれない。
三星は森の中では常にそれらの存在について目を凝らし、対話し、キャンバスに還元している。彼女の描く世界は必ずしも「かわいい」と言い切れない。それは、本人の持つ森への想いが「ただ美しく、人間に安らぎを与える癒しの自然」と捉えず、その闇に自分の弱さ・人間の弱さを写していると感じているからです。
■小沢典子(ozzy)の視点>日本から■
ozzyは北海道、四国、奈良、吉野、熊野に始まり日本全国のあちこちをバイクで旅をして、吸い寄せられるように大きな滝や、 原生林、深山を巡って来ました。人間では太刀打ちの出来ない、ただの大きな岩、大きな滝、目をむくばかりの青い源流そして壮大な山々を見る事が旅の大きな目的となっていきました。overthere-100a.jpg そして、そこには必ず祠や社が祀られており、必ず先人達の祈りの場がありました。
「神殿や祠」という祈りの場は「形式」でしかなく、原始的力強い自然こそが「場」なんだなあ・・と。「○○神」と名が付く以前の引き寄せる原始の力は、ただそこに存在する雄大な自然でした。
自然に対する畏敬の念とアニミズム、日本を旅するとそのような発見があったような気がしてなりません。
ozzyはそういった「人の作り上げた形式」の向こう側にある存在を「絵画」という2次元の「形式」に映したいと考えています。あるかどうか解らない懐疑的な感覚(存在)を問いかけるような空間を映したい。ozzy制作テーマの大筋です。 「over there(向こう側)」というタイトルをつけているのは、そこから由来しています。
■暗闇への畏敬>妖怪、トロルの存在■
三星、ozzyは共に違う国の違う森や山に入り込んで、その場から何か自分の感覚を刺激する何かを感じていました。
北欧と日本の森に共通する「妖怪」と「トロル」という存在があります。その2つの存在は相似する部分が多く、水木しげる氏いわく「北欧の森と日本の森は何処かで繋がっているのでは!?」と言われていたほどです。
つまり、お互いがとても近い感覚で以て自然や森に対峙しているのではないか? 2人のまるで違う作風、制作スタイルが、じつは根底にはとても似通ったコンセプトで描かれていたことの驚きと、発見の喜びからこのコラボレーションが生まれました。
■何故、コラボレーションなのか?>2人で一つの画面を描く■
01_1.gif 2人は東京都下の武蔵野多摩地区に生まれ、長くそこで暮らし、時にアトリエを共にし、同じ世代を生きてきました。当然の共通点ですが、とても重要に感じています。私たちの幼少の頃はまだ周囲に暗い森や闇が残っていました。 そして、性格的にも絵画表現、製作時間、まったく異質の2人があえて同じ画面を2人で製作するのは、まるで背中 合わせの作品が透け合わせて、一つになるような面白さと興味がわきあがるのです。
私たちの挑戦は、一つのコンセプトを元にゆるぎなく長い楽しみとなってこれからも続くことになると思います。